2018/10/16
8勝1敗同士のプレーオフとなった2005年度A級順位戦。難解な中盤のねじり合いを経て、深夜の秒読みの中で詰むや詰まざるやの局面が延々と続きます。
第64期A級順位戦プレーオフ
2006年3月16日
羽生善治4冠 vs 谷川浩司九段
対局場:東京「将棋会館」
持ち時間:各6時間
2004年度に羽生3冠に棋王位を奪われ、無冠となってしまった谷川九段。この年は棋士人生初の負け越しを経験し、年齢的な衰えを心配する声もありました。しかし、翌2005年度はその鬱憤を晴らすかのように勝ち続け、A級順位戦でも8勝1敗という好成績を残します。
例年のA級順位戦であれば、8勝1敗はほぼ間違いなく無条件で挑戦者となる成績ですが、その1敗の相手だった羽生4冠も同じく8勝1敗を挙げ、両者は再びプレーオフで激突します。
後手の谷川九段が1手損角換わりを採用し、△7三桂と跳ねた局面。2004年頃から流行し始めたこの戦型は、序盤であえて1手損することで通常の角換わりと比べ飛車先の歩を8四に保留し、後に△8五桂とはねて反撃する余地を作っています。
現在では、先手は後手の手損をより直接的に咎めようと序盤から速攻を仕掛ける対策が多いですが、当時はこの基本図まで組んでから通常の角換わりのように先攻して優位を築こうとする指し方も多く見られました。
羽生4冠は▲4五歩と仕掛け、△同歩、▲3五歩、△4四銀、▲2四歩と開戦しました。
前進流、踏み込む
お互いに玉の上部に成り駒ができて、攻めを続けるのは難しそうに見えます。△1九角成からさらに上部を開拓する展開もありそうですが、谷川前進流は△6四桂とあくまで踏み込みます。以下▲6五銀、△9八歩、▲同香、△1九角成、▲8四馬、△9七歩、▲6二馬、△9八歩成、▲同玉、△9六香と、8五桂や6四桂が取られそうなギリギリのタイミングで攻めを続けます。
お互いに敵玉周辺の金銀をはがし合った局面。ここから△7三金、▲8二竜、△7二金、▲8一竜、△8二馬と、急所の竜を捕獲しますが、先手も▲同竜、△同金、▲5五角と王手金取りで切り返し、まだまだ難解な局面が続きます。
詰むや詰まざるや
最終盤、後手が△7六金と先手玉の上部をふさいだ局面。▲同竜は△8八飛以下、△8八飛を受ける手も△6八銀成以下詰んでしまうので、先手玉は絶体絶命です。一方、8二の馬が遠く自陣に効いているため、後手玉もかなり王手が続く格好です。
結論から言うと、ここでは▲5八金と寄る手が詰めろ逃れの詰めろとなる絶妙手で、先手が僅かに残していたようです。しかし、先手玉の詰めろが受かること自体が盲点になりやすいこの局面で、▲5八金は非常に発見しづらい手である上に、後手にも△8八飛から先手玉を右辺に追った後で△3一歩と戻して粘る手段も残されています。両者の玉が接近して互いの詰み筋に絡んでくる展開となり、先手が勝ち切るまでの道のりは簡単ではありません。
本譜は、一分将棋に突入した羽生4冠がここから▲3一角と詰ましに行きました。後手玉は上部へ脱出を図り、白熱のチェイスが続きます。
△2五玉は▲3五金以下詰むので、△3六玉。
△2七玉は▲2八金、△1六玉、▲2五銀打以下詰むので、△4七玉。
△4八角は▲同香、△同銀成、▲2九角以下詰むので、△3八玉。
逃避行の果てに
ついに捕らえたかに見える局面。△同玉は▲2八馬までですが、△1六玉、▲1七歩、△1五玉と進み、羽生4冠が投了しました。▲1七歩に代えて▲2八桂、△1五玉、▲4二馬と迫る手もありましたが、△2四角が唯一不詰めとなる合駒で、ギリギリ詰みません。
▲3一角から王手を掛け始めてから実に30手も、両者秒読みの中で詰むや詰まざるやの激闘が続きましたが、最後は谷川九段が不詰めとなるただ一つの道筋を手繰り寄せて勝ち切りました。大熱戦となる将棋は両者にミスが出て泥仕合となるような展開もありますが、本局では両者共に疑問手と言えるような手は一つもなく、非常に高度な次元での大熱戦だったと思います。現在のようなネット中継が当時もあれば、この将棋を深夜に見終えた後は間違いなく興奮で朝まで眠れなかったでしょうね。
5年ぶりの名人挑戦を果たした谷川九段ですが、名人戦では森内名人に2勝4敗で惜敗します。しかし、A級順位戦と本局の指し回しによって、その健在ぶりを存分に知らしめたことは間違いありません。
コメント
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by 幻の不詰め:谷川vs羽生戦のハプニングと佐藤康光九段の災難 | 将棋を100倍楽しむ! 3月 15, 2018 5:43 pm