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将棋名局集「幻の詰み」:佐藤(天)vs羽生、第74期名人戦第2局

time 2018/03/30

4月に開幕する第76期名人戦で、羽生善治竜王の挑戦を受ける佐藤天彦名人。2017年度はやや不本意な成績が続いたこともあり、苦戦が予想される佐藤名人ですが、2年前の名人戦では4勝1敗と当時の羽生名人を圧倒して初タイトルを奪取しています。本局では最終盤にそのシリーズ全体の流れを大きく変えたドラマがありました。


出典:毎日新聞

第74期名人戦七番勝負第2局

2016年4月22日
佐藤天彦八段(0勝) vs 羽生善治名人(1勝)
対局場:長野県松本市「ホテルブエナビスタ」
持ち時間:各9時間

2015年度は連勝、勝数、対局数の3部門で1位となり、王座戦と棋王戦でも挑戦者となるなど、破竹の勢いで勝ちまくった佐藤八段。初参加のA級順位戦でも8勝1敗の好成績を収め、名人戦の舞台へ名乗りを挙げました。

一方の羽生名人は、この直前に15年ぶりの5冠復帰を懸けて挑戦していた王将戦でこそ敗退したものの、前年には佐藤八段の挑戦を王座戦で退けるなど4冠を堅持しており、例年通りの安定感を維持していました。名人戦第1局も、羽生名人が快勝に近い内容で制しています。

第2局は先手の佐藤八段が相矢倉から早囲いを目指したのに対し、羽生名人が4筋から盛り上がって反発します。

この局面で封じ手を迎え、佐藤八段は▲4八銀。▲4五歩からの戦いが本格化する前に、3七へ桂や角を移動させる余地を作りながら中央を強化する柔軟な一手です。以下、先手は角交換から▲7一角の筋で馬を作ることに成功しますが、後手もその代償に桂得を果たし、ねじり合いが続きます。

羽生ワールド

5四の馬を▲6三馬とかわした局面。形としては△5四銀打と指したいところですが、露骨に▲7二金と飛車を取りに来られ(△9二飛には▲5三馬、△同銀、▲8三銀)、飛車に弱い後手陣は支えきれません。羽生名人はやや形勢不利と感じておられたようですが、それでもここで△7一桂という粘りをひねり出します。▲2七馬に△5四銀打とさらに投入し、▲5五歩、△同銀左、▲3五飛、△4四銀引、▲3九飛に、△6三桂と跳ねられてみると、僻地に打ったはずの桂が一気に急所の5五へ進出する道が開けています。先が読みづらい曲線勝負に引きずり込む、いかにも羽生名人らしい指し回しでした。

秘術を尽くした戦い

難解な局面が続いていますが、まだ終盤に一山以上ありそうなこの局面で既に先手の残り時間は3分、後手も残り18分です。2五馬が手厚いため一気に後手陣を攻略することは困難ですが、佐藤八段は▲5五金、△同銀、▲5四歩、△同銀、▲3二銀成、△同玉と形を決めてから、一転して▲8八玉の早逃げしました。最善手かどうかはともかく、お互いに方針が悩ましく、時間も少ないためミスが出やすい局面で、相手が予想しづらいタイミングで手を渡す勝負術はさすがの呼吸でした。感想戦でも▲8八玉に対して後手が明快にリードを奪う手段は発見されませんでした。

形勢不明の激戦からようやく後手がゴールに近づいたかに思えた局面。既に30手近く1分将棋が続いている佐藤八段は、59秒まで読まれながら▲9八玉と再び早逃げを繰り出します。羽生名人もここで最後の1分を使い切り、大きく手を震わせながら△7七桂成。▲同桂、△5八歩成に、▲2四飛と走ってクライマックスへ。

王者を狂わせた勝負術

後手玉は上部脱出を阻まれ、次に▲5五桂打からの詰めろです。羽生名人は△3四銀と受けましたが、▲4四金、△5四歩に、▲7五桂打から即詰みに打ち取った佐藤八段が激戦を制しました。

しかし、△3四銀に代えて△8九銀と迫れば、▲同玉、△6七角成、▲同金、△7八金、▲同玉、△8六桂、▲8九玉、△7八銀、▲8八玉、△7九銀不成、▲8九玉、△7八桂成、▲同玉に、△6八馬と引く手が絶妙手(▲8九玉に△6七馬と金を取る手が王手)で、先手玉はぴったり詰んでいました。手数こそ長いものの△6八馬以外はほぼ一本道の手順でしたが、ギリギリのせめぎ合いが数十手も続いた末の秒読みの中、両者共に△6八馬が盲点となっていました。

また、△3四銀、▲4四金と進んだ局面でも、同様の詰みが生じていました。佐藤八段は▲2四飛と指してから終局までの間にこの筋に気づいたそうですが、羽生名人は感想戦で指摘されるまで△6八馬を発見出来ませんでした。佐藤八段が次々と繰り出す実戦的な勝負手が、結果的に羽生名人の読みの体力を奪っていました。

終わりの始まり

難解な終盤と秒読みの中の出来事とは言え、羽生名人が即詰みを逃すという非常に珍しいハプニングにより、その後の両者の明暗は大きく分かれました。第3局以降は佐藤八段が内容でも圧倒し、4勝1敗で初タイトルを獲得した一方、羽生名人は第2局以降自身ワーストの6連敗を記録し、2016年度全体でも棋士人生で初めて勝率6割を下回りました。詰みを逃したことによる1敗の重み以上に、羽生名人の絶対的な終盤力への他の棋士の信頼が揺らいだことが、その後の勝負に精神的な影響を及ぼしたのかも知れません。

将棋界の歴史において、絶対王者が若き挑戦者に終盤で競り負ける場面が増えることは、多くの場合時代の終焉を予見する現象でした。佐藤名人の誕生は、長きに渡って続いた羽生時代がついに終わりの始まりを迎えたと思わせ・・・

・・・たのですが、今年度後半以降は羽生竜王が急激に勝率を上げて、早くも名人戦の舞台に戻って来ました。佐藤名人としては、2年前の絶好調期に見せた、羽生竜王の歯車をも狂わせる勝負術を取り戻せるかどうか、真価が問われる名人戦となります。

名人戦展望:羽生竜王が有利な4つの理由

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