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将棋名局集「銀、銀、角」:羽生vs久保 第59期王将戦第6局

time 2018/02/26

名局として後世に語り継がれるような対局は、難解なねじり合いが長く続く長期戦であることが多いです。しかし、本局は僅か82手という単手数にも関わらず、一度見たら忘れられない手順が終盤で現れます。その奇跡的な美しさゆえに、「りゅうおうのおしごと!」などの将棋漫画の中でドラマチックな対局の棋譜としても使われている一局です。


第59期王将戦七番勝負第6局

2010年3月16日
羽生善治4冠(2勝) vs 久保利明棋王(3勝)
対局場:神奈川県泰野市「陣屋」
持ち時間:各8時間

前年度に自身初タイトルとなる棋王を獲得した久保棋王は、この年も7割近い勝率を挙げて王将戦に登場します。先手番は三間飛車、後手番はゴキゲン中飛車という二大エースを擁する久保棋王に対し、羽生4冠はオールラウンドプレーヤーらしく第1局から第5局まで全て違う対策で立ち向かいます。

そして、久保棋王がタイトル奪取に王手を掛けて迎えた第6局。予想通りのゴキゲン中飛車に対し、羽生4冠は超急戦を採用し、7手目にして盤上は早くも風雲急を告げます。

現在でもプロ棋界で最もよく出現する振り飛車戦法と言っても過言ではないゴキゲン中飛車は、この▲5八金右に対して△5五歩と突いて互角に戦える、という大前提の元に成立する戦法です(△5五歩以外だと専門的には後手が妥協を強いられることになります)。そして、この展開はどちらも引くに引けないチキンレースのようなもので、一気に終盤に突入するため、事前に非常に深くまで研究できる戦型でもあります。

戦法の生き残りを懸けた戦い

タイトル戦という最高峰の舞台で、トップ棋士同士が事前に膨大な量の研究を重ねた末に後手が勝負所なく敗れるようなことがあれば、居飛車側には常に▲5八金右超急戦を選択する権利があるゴキゲン中飛車という戦法にとっては壊滅的な打撃となります。本局は久保棋王にとって、王将位と共に主力戦法の存続をも懸けた戦いとなりました。

双方駒が激しく飛び交っていますが、▲5八金右を選べばここまではほぼ必然で、この戦型の基本図とも言える局面。以下▲1一竜、△9九馬、▲3三角、△4四銀、▲同角成、△同歩、▲6六香と、まだ実戦例のある展開が続きます。

▲3三角はすぐに銀との交換になり駒損をしますが、4三の歩を4四へ動かすことで9九馬の間接的な1一竜への睨みを消したり、将来▲1三竜と活用した時に竜が直接6三へ効くようにするような効果があります。既に「終盤は駒の損得より速度」が優先される局面です。

後手の玉頭へ向けて二段ロケットが据えられた局面。6二玉と5二飛が接近するこの戦型では、6三の地点が後手の最大の弱点となります。

駒得を主張して△7四銀、▲1三竜、△5一桂と受けに回る手も考えられましたが、久保棋王は勝機ありと見て最も激しい順を選びます。△7一玉、▲6三香成に△6六馬(!)が、ペダルが壊れるほど強くアクセルを踏み込むような一手。▲5二成香、△同金右、▲6六歩と大駒を2枚取らせる間に、△5六香と先手玉へ突撃します。

△4九角成と詰めろを掛けた局面。後手の攻めが切れることはないため、先手はどこかで豊富な持ち駒を活かして攻め合いに打って出なければなりません。

羽生4冠は▲5八桂と指し、△5九金に▲6五香と迫ります。歩がない後手は適当な受けがなく、△6九金と詰めろで下駄を預けます。先手は▲6一飛から迫り、後手玉は詰むや詰まざるやです。

詰むや詰まざるや

ここから「△7三銀」、▲同角成、△同玉、▲1三竜に、「△5三銀」が、絶妙の「連続限定合い駒」でした。本譜は以下▲6七玉、△6八角に▲6三香成以下まだまだ王手が続きましたが、後手玉は僅かに詰まずに久保棋王の勝ちとなりました。

△7三銀と△5三銀が「限定合い駒」なのは、△5三銀に対して▲同竜、△同金、▲6二飛成、△8四玉、▲8六香と迫る変化があるためです:

「三連続限定合い駒」

ここで△8五角が唯一の逃れ道となる「三連続限定合い駒」です。▲同香、△9四玉の時に、先手の持ち駒が「角銀桂」であれば▲8六桂と打って詰むのですが、「銀→銀→角」の限定合い駒だと先手の持ち駒は「角銀銀」となり、桂がないためギリギリ詰みません。

ちなみに、「△7三銀」と「△5三銀」のどちらかで先に角合いをすると別の手順で詰むため、「銀→銀→角」という順番も絶対です。

「三連続限定合い駒」は、詰将棋でも実現させることが難しい手順で、実戦で見られることは非常に稀です。さらに、本局では安い駒である桂ではなく、一見危なそうな銀合いと角合いが唯一の不詰め筋という、奇跡的な配置が出現しました。

結果的には、さかのぼって▲5八桂では▲5八香からもうしばらく受けに回っていれば、先手がやや指せる将棋でした。しかし、本局の最終盤に象徴されるように、▲5八金右超急戦の先には無限に近い数の非常に難解な変化が広がっており、出現から20年以上経過した現在でも結論は出ていません。

久保棋王は本局に勝利し、純粋な振り飛車党としては大山15世名人以来となる2冠になりました。居飛車党全盛のプロ棋界において、長年に渡って第一線で活躍してこられた振り飛車党の久保王将の肩には、時として本局のように戦法そのものの存続が懸かっているとさえ言えるかも知れません。

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