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将棋名局集「△3五銀」:大山vs升田 第30期名人戦第3局

time 2018/03/01

将棋の歴史上最も有名な一手と言っても過言ではない、升田幸三実力世第四代名人の「△3五銀」。しかし、本局全体の内容や時代背景を知ると、この棋譜の価値が一手の絶妙手の鮮やかさだけではとても語りつくせないことが分かります。


第30期名人戦七番勝負第3局

1971年4月30日
大山康晴名人(1勝) vs 升田幸三九段(1勝)
対局場:東京都千代田区「ふくでん」
持ち時間:各9時間

時代を先取りした序盤感覚で、多くの新手や新構想を編み出された升田九段ですが、意外にもその全盛期は長くはありません。1957年に当時の全タイトル(名人、十段、王将)を獲得して史上初の3冠王となりますが、僅か2年後には宿敵大山名人にタイトルを全て失い、その後タイトル戦で大山名人に10回連続で敗れてしまいます。さらに1968年には、後に棋界の太陽と呼ばれる中原誠十六世名人が初タイトルを獲得するなど、将棋界全体も新しい時代を迎えつつあり、大山名人以外の相手には無類の強さを見せていた升田九段も若手相手に苦戦することが増えていました。

しかし1971年、「升田式石田流」という革新的な戦法を引っ提げて、升田九段は3年ぶりのタイトル戦となる名人戦へ登場します。当時は奇襲戦法と見られていた、早石田と呼ばれる三間飛車の指し方を改良した「升田式石田流」は、それまで居飛車党だった升田九段にとってフルモデルチェンジとも言うべき変化でしたが、第2局では振り飛車党の大山名人相手に200手を超す激戦の末に勝利を収めます。

後手番早石田に

1勝1敗で迎えた第3局。後手番の升田九段は再び三間飛車に構えます。

後手番で早石田を目指すと、図から▲6八玉、△6二玉、▲2二角成、△同銀、▲6五角という大乱戦に突入する可能性があり、現代では後手がやや危険だと見られています。しかし、升田九段も当然この順は想定しているはずで、名人戦という大舞台で採用するからには相当の用意があったと思われます。「一度目のチャンスは見送る」という言葉に象徴されるように、将棋の最善手よりも勝負に勝つことにこだわる姿勢で知られた勝負の鬼、大山名人は、熟慮の末に▲4八銀を選択しました。

ちなみに、升田九段は次に後手番となった第5局では居飛車を採用しています。両者の正確な思惑は今となっては知り得ませんが、結果的に第3局では大山名人が乱戦を避けたことで升田九段が僅かに得をした形となりました。

先手陣は受け将棋の大山名人らしい手厚い構えで、長引くと後手の攻め駒は抑え込まれてしまいそうです。

ここから△3四銀、▲3五歩、△4五銀が警戒なフットワーク。▲同桂と取ると△2八角成と飛車を取られてしまうので先手は銀交換を避けられず、▲5五歩に△3六銀、▲同金、△3八歩と後手が戦機を掴みます。

後手は桂得に成功しましたが、飛車角が2四金で抑え込まれているため、攻め駒不足が気になるところです。△3四金には▲4三角が痛打となるため、手が難しいようですが、ここで△1三角(!)とぶつけたのが妙手でした。▲同金は△3四飛で次の飛車成りが受からず、玉が薄い先手はひとたまりもありません。そのため大山名人はじっと▲7八金と辛抱し、以下△8四桂、▲7九角、△7六桂、▲7七玉と進みます:

伝説の「△3五銀」

7九角に狙われている4六銀の受け方が難しそうですが、ここで△2六歩、▲同飛に△3五銀(!)が天来の妙手でした。

当たっている銀を、さらにただのところへ逃げる△3五銀。▲同角と取るしかありませんが、そこで△3四金とすれば、▲同金には△3五角、▲同金に△5九角が王手飛車になりますし、▲3三歩と切り返しても△3五金と角を取る手がさらに飛車取りになるため先手陣は崩壊します。△3五銀と捨てて先手の角を近づけることで、△3四金が強烈になっているわけです。

そこで先手はやむなく▲5七角と引き上げましたが、△2四金で、飛車角を抑え込んでいた金が取れて一気に後手の駒が躍動して来ました。先手は▲3六歩とさらなる辛抱を強いられます。

ここで△1五金(!)と指して角交換を迫っていれば、本局は升田九段の快勝で終わっていたことでしょう。依然として△5九角の王手飛車の傷があるため先手はこの金を取る余裕がなく、3筋を飛車で突破される上に1三角もさばかれてしまう格好で、玉の薄い先手陣は収拾困難です。本譜は△2五歩、▲2九飛、△3六飛で、3筋を突破した後手の優勢に変わりはありませんが、1三角の活用が遅れてしまい、その間に先手に粘りを与えてしまいました。

不死身の大山玉

後手は遅ればせながら角交換を果たしましたが、先手の徹底抗戦の前に竜を思うように働かず、▲5三歩成を防いで△3三竜と引き上げざるを得なくなりました。

さらに馬を作りましたが、決定打には至りません・・・

先手は小駒を巧みに使って抑え込みを続けます・・・

いつの間にか先手玉は矢倉の堅陣へ・・・

そしてついに局面は200手目を迎えます。後手はついに先手の抑え込みを突破して駒が急所へ利いてきていますが、後手玉もかなり弱体化しています。

ついにクライマックスへ

ここまで驚異的な粘りを見せてきた大山名人でしたが、ここで▲5六歩と指したのが痛恨の敗着。△6九飛成と切ったのが決め手で、▲同金には△7七桂成以下の詰みがあり、升田九段がようやく勝利を手繰り寄せました。代えて▲4六角と打っていれば、依然として後手がやや優勢ながらもまだ終わりの見えない戦いが続いていました。

210手目、△8五桂にて大山名人が投了されました。どこへ玉を逃げても△7七銀で、手数は長いものの比較的容易な並べ詰みとなります。

升田vs大山戦では、升田九段が序中盤でリードを奪いながらも、大山名人の強靭な粘りに手を焼いて終盤で逆転を許す展開が少なからず見受けられました。大山名人の受けの力はそれほど際立っており、本局でも「△3五銀」という絶妙手を喫しながらも、そこから実に100手以上も決め手を与えずにこらえ続けています。

しかし本局では、升田九段が明快に決め手を逃したと言えるのは「△1五金」のみで、それ以降は集中力を切らすことなくリードを保ち続けています。仮に升田九段が終盤で崩れてしまっていれば、「升田式石田流」という戦法の革新性や、「△3五銀」という名手の美しさが後世までこれほど語り継がれることはなかったかも知れません。

名人戦七番勝負はこの後フルセットまでもつれ込みますが、最終局で大山名人が「升田式石田流」を打ち破り、名人位を死守しました。升田九段はその後体調不良による休場が増え、結果的にこのシリーズが最後のタイトル戦となってしまいます。天才が棋士人生の最後に放った煌めきが、「△3五銀」という絶妙手を生んだように思えてなりません。

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