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対局開始から23時間!史上最長の死闘、行方vs中川戦

time 2018/03/21

プロの公式戦のにおいて、一日制の中では最も長い持ち時間で行われるのが、名人戦へとつながる順位戦です。各6時間の持ち時間を両対局者が使い切ると日付を超えることがほぼ確実で、深夜に及ぶ順位戦の終盤戦は将棋の棋力以外に体力や精神力も大きく物をいう死闘となります。


そのような70年以上に及ぶ順位戦の歴史の中でも屈指の激戦となったのが、2004年に行われた行方尚史七段対中川大輔七段戦です。対局開始から終了まで、何と23時間15分(!)という史上最長記録となった大熱戦を振り返ります。

執念の持将棋

第63期順位戦B級1組2回戦。行方七段の先手で始まった将棋は、相掛かりの立ち上がりから行方七段が左辺に大模様を張り、中川七段が玉を固めてチャンスを待つ展開に。細かい攻めを繋げる中川七段に対し、行方七段は87手目から早くも1分将棋になりながらも、厚みを活かして玉の上部脱出に成功します。しかし中川七段もその間に駒を補充し、124手目にしてついに2一にいた玉を△1二玉と上がり、後手玉も敵陣を目掛けてトライをかけます。

先に入玉を果たした先手玉は捕まらない形ですが、中段へ逃げ出した後手玉を寄せることも困難です。相入玉となった場合に勝負を決する点数は行方七段の方が多くなりそうですが、両者共に引き分け指し直しとなる24点以上は確保出来そうです。

さらに数十手指したところで、中川七段が「持将棋だね」と引き分けを提示しますが、行方七段は「もうちょっと(指させてほしい)」。延々と続く1分将棋の中、先輩の言葉に一歩も譲らない迫力の応酬で、死闘が続きます。

行方七段の気迫が実ったのか、中川七段にやや危険な指し手が続き、安泰に見えた後手玉についに火の手が上がります。

先手が持ち駒をすべて投入し、後手の上部を封鎖するバリケードを築きました。後手玉は絶体絶命ですが、中川七段は△4二銀(!)と鬼手をひねり出します。▲同竜と取る一手に、△5五玉、▲8四と(9二馬を活用)、△5七馬、▲8五と、△6六玉、▲2六香、△6七玉と進み、後手玉は何とか逃げ切りました。△6七玉と指す中川七段の手はしなっていました。

実は▲8四とに代えて▲9三とならば、△5七馬に▲5三竜、△6六玉、▲5六馬で、△同馬は▲同竜以下詰みなので△7六玉と逃げるしかなく、▲5七馬と大駒をただで取られて後手は24点に足らなくなり、先手の勝ちでした。本譜で△5七馬に対して同じように指すと、▲5六馬の瞬間に9九の竜で9一の玉を取られてしまいます(!)。

午前1時35分に241手で持将棋が成立しました。残り時間は行方七段が1分に対し、中川七段は38分。これほどの長手数でも持ち時間を残すなど、時間攻めも駆使した中川七段が執念で引き分けに持ち込みました。

あわや千日手・・・を回避しても千日手

指し直し局の持ち時間は、規定により持将棋局の持ち時間が少なかった行方七段が1時間になるように両者に加算され、中川七段は1時間37分に。午前2時5分に開始され、相掛かりから後手の行方七段のひねり飛車模様に。

ここから△3四飛、▲4七銀、△2四飛、▲3八銀と進み、同一局面が出現します。にわかに千日手模様になり、関係者はげんなりしたかも知れません。しかし、2度目の△3四飛に対し、先手の中川七段が気合で▲3七銀と打開し、事なきを得ます。

しかし、両者が何かに魅入られたかのように、終盤で再び千日手の順が出現します。ここから△9三歩、▲同歩成、△9二歩、▲9四歩・・・を繰り返し、午前4時58分に千日手が成立しました。2度目の指し直し局の持ち時間は行方七段が1時間、中川七段は1時間46分。中川七段の持ち時間は何と前局より9分増えており、この将棋は一生終わらないのかと錯覚してしまいそうです。

2度目の指し直しに

指し直しまでの30分間、行方七段は「30分後に起きられなかったら不戦敗になるんですかね」とつぶやき、控室で仮眠につきます。一方の中川七段は、上着もワイシャツも脱ぎ捨て、対局室にある縁側の板張りの上に横たわりました。こちらは万が一寝過ごした場合を考えての位置取りだったようです。

既に陽が上った午前5時28分、2度目の指し直し局が開始されました。中川七段は白いアンダーシャツ姿のままです。

3度目の相掛かりから激戦が続きましたが、午前9時前、ついに行方七段が決め手を放ちます。

▲3五銀が退路封鎖の手筋で、後手玉は必至です。△同銀でも△同歩でも、▲2二竜、△同玉、▲2三金、△同玉、▲2一飛成以下の並べ詰みです。先手玉には言うまでもなく詰みはありません。

中川は投了図で苦痛に満ちた顔で盤上をにらみつけていた。残り19分。何度か天を仰ぎ、何度か頭を垂れた。18分使い、最後は秒読みの8まで読まれてから投了した。無念さが漂う投了シーンだった。終局は午前9時15分。対局開始から23時間15分という激闘にピリオドが打たれた。

(「近代将棋」2004年9月号)

激闘の果てに

午前10時の対局開始直前の様子がこちらです。将棋界屈指のダンディとして知られる中川七段は、この日もスーツが決まっています。

そしてこちらが23時間後の終局直後の両対局者です。見ている側が疲労を感じてしまうほどの生々しさです。

午前10時から対局室に使用予定が入っており、両者は追い出されるように別室へ移動して感想戦を行いましたが、その後も興奮は収まらず、連れ立って築地へ飲みに行ったそうです。

一方、さらに壮絶な目にあったのが、この対局の記録係を担当した星野良生2級(現四段)。不眠不休で記録を取り続けた後、3局分の棋譜を清書する作業が残っていましたが、疲労困憊の上に先手後手が2度入れ替わったため、4六を6四と記入してしまうような符号ミスが多発し、一向にはかどりません。ようやく全ての清書が終わったのは午後3時過ぎ。奨励会員にも残業手当を出して欲しくなるような労働時間ですね(^-^;。

ちなみに、若き日の羽生竜王も順位戦で明朝に及ぶ死闘を経験しています。

歳の差59歳!若き羽生四段が体験した大先輩との23時間に及ぶ死闘

棋士にとって最も過酷な持ち時間で行わる順位戦。深夜に疲労困憊の中で戦われる最終盤は、純粋に盤上の最善手を追及するという観点からは、理想的な環境だとは思えません。しかし、人間対人間が盤上盤外の全ての力を振り絞って戦う姿は、それ以上の感動を観る者に与えてくれます。本局はそのような勝負師の魅力が凝縮されたドラマでした。

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