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佐藤名人が羽生竜王を下し3連覇達成、第6局の大激戦を徹底検証

time 2018/06/20

第76期名人戦七番勝負第6局は、佐藤天彦名人が羽生善治竜王を145手で下し、4勝2敗で名人防衛を決めました。


名人位を懸けた決着局に相応しい大激戦となった勝負を検証します。

出典:Abema TV

意表の2手目

先手の佐藤天彦名人の初手▲2六歩に対し、羽生竜王の2手目は意表の△6二銀。報道陣や観戦者の退室前だった対局室の空気が一瞬変わった気がしました。以下▲2五歩、△3二金、▲7六歩、△7四歩、▲2四歩、△同歩、▲同飛、△2三歩、▲7四飛と進み、先手が早くも一歩得を果たします。

一昔前なら考えられない進行でしたが、最近ではプロの公式戦でも時折見られる立ち上がりで、後手は一歩損の代償に銀を素早く繰り出す手得と、先手の飛車の不安定さを主張しています。角換わりや横歩取りといった相居飛車の主流戦法でやや後手の旗色が悪いという現状も、研究を外して力戦模様へ誘導する2手目△6二銀の出現の一因かも知れません。

ただし、個人的には7筋での一歩損は、将来△6四銀型に構える展開で△7五歩と仕掛けることが不可能になることと、後手の歩切れや持ち歩の差(例えば横歩取りでも後手が一歩損しますが、持ち歩は先手・後手共に2枚となることが多いです)が大きく、とても後手を持って指す気がしません。この辺りは棋士の専門的な解説を是非お聞きしてみたいところです。

ここまでは昨年12月に行われた叡王戦本戦、藤井聡太四段vs深浦康市九段戦と同一局面です。その将棋は後手の深浦九段が△2四歩と、角頭の歩を突いてまで先手の飛車の捕獲を目指す突っ張った指し回しを見せましたが、的確に対応した藤井四段がリードを奪いました。ただし勝負は終盤に深浦九段が粘り倒して逆転勝ちしています。

本局では羽生竜王は△5四歩を選択し、▲2五飛、△7二飛、▲7七金に△3三角から持久戦模様へ進みました。

44手目の羽生竜王の封じ手は最も自然な△3一玉で、さらに駒組が続きました。以下▲3七桂、△9四歩に、先手は右玉へ構える構想も考えられましたが、佐藤名人は▲6九玉と左へ囲う進行を選びました。

佐藤名人、仕掛ける

じりじりした駒組が続く中、後手は7四銀型の好形に組みなおせたことで8筋や6筋で歩を交換する目途が立ち、双方の玉形の差も考慮するといつの間にか持久戦にも関わらず一歩損が思ったほど気にならない展開になっています。しかしここで▲4五歩、△同歩、▲8八角が機敏な動きで、次に何でも▲6五歩と突く手が香取りと▲4四歩を狙った強烈な一手となり、佐藤名人がうまく戦機を捉えました。

結果的にはこの少し前に△4二角と引いた手が▲7八金~▲8八角のラインを誘発した形となりましたが、△4二角と早めに引く必然性があったのかどうかは管理人には判断がつきません。それ以上に、一歩得を直接活かすことが難しい中で的確に急所を捉えた佐藤名人の指し回しが見事だったと言うべきでしょう。

名人と竜王の世界

ねじり合いが続く中、4四にくさびを先手の模様が良さそうですが、後手も銀と桂を前進させて巧みに局面の均衡を保っています。佐藤名人はここで▲2二歩と打ち(△同玉は▲4五桂~▲4三歩成)、次の▲8三歩成~▲8七歩の催促(飛車を取ると▲2一飛で詰み)を見せましたが、△5五歩、▲同角、△6四歩、▲6六角としてから△2二玉と手を戻したのがうまい応接で、▲4五桂を牽制して(今度は△5四金と上がれる)一進一退の応酬が続きました。

この辺りは両者共に非常に手が広い局面が続いており、指し手の厳密な善悪は恐らく誰にも判断出来ないでしょう。二日目の夕食休憩後になっても全く終わりが見えない濃密なせめぎ合いは、名人位を懸けた戦いの重みを感じさせる迫力がありました。

ついに後手がリード

両者共に残り時間が切迫する中(佐藤名人が残り8分、羽生竜王が残り6分)、佐藤名人は▲5四歩と突き、△5五歩と受けさせてから▲9八金と逃げました。5四に拠点を築いた▲5四歩と△5五歩の交換は先手の明らかな得のようですが、本局ではこの後△5四金~△5三角と眠っていた角の活用を誘発し、例外的に悪手となってしまいました。

また、その後の▲9八金はへき地に追いやられるだけに辛い一手ですが、▲9七金とぶつけると△同銀成、▲同桂に△7八歩成、▲同角、△8八歩成(▲同角なら△8四飛)が厳しく、先手陣は持ちこたえられません。先手としては期待の▲2四歩にあっさり△同銀~△2三歩で手番を握られてしまうのが痛く、仮に銀得を果たしたとしても左辺の被害に追いつきません。

ただし、△8七歩に対して▲7七金(!)とぶつけていれば、急所の△6五桂と▲8八金の交換なら先手が望むところであり、桂を入手すれば▲5六桂が絶好打となることもあって佐藤名人がリードを保っていた気がします。とはいえ、最も自然な▲5四歩が疑問手で、相手の駒が複数利いている7七へ自ら飛び込む▲7七金が正解だったとすると、残り時間が8分で間違えないことは至難の技でしょう。

決着

最終盤を目前にして、先手陣は崩壊目前ですが、後手玉も玉頭に爆弾を抱えた非常に怖い形に追い込まれています。羽生竜王には、△2六歩と自玉の安全を優先して▲7八銀から粘られる長期戦を受け入れるか、自玉に寄りなしと見て△7七とと決着をつけに行くかという二通りの選択肢がありました。

一般的な感覚では、次に▲1三歩成から銀を入手されると後手玉はいかにも寄りそうな形で、一方△2六歩に▲7八銀と戻されても△5六歩、▲4四角に△5七歩成から王手で金を取れる後手が指せそうなため、△2六歩が最も自然だった気がします。持ち時間がない中ではなおさら自玉の安全を優先したくなるのが勝負師の本能でしょう。しかし、あまりにも高度なねじり合いが1日目から何十時間も続いていた本局に限っては、羽生竜王が選択した△7七とが結果的に敗着だったとしても、それは結果論でしかない気がします。▲1三歩成以降は佐藤名人が見事に寄せ切りはしたものの、30手後の結末をこの時点から正確に読み切るのは事実上不可能でしょう。

▲5二銀までで佐藤名人が粘る羽生竜王を振り切り、名人位3連覇を果たしました。以下は△5四玉に▲6四金と捨てる手が妙手で、△同玉、▲6一竜以下の即詰みです。

時代の波

4月の名人戦開幕前までは、羽生竜王が竜王奪取や名人挑戦権獲得などを含め高勝率を維持していたのに対し、佐藤名人は自身初の年度負け越しを喫するなど調子を崩しており、挑戦者有利の呼び声が高いシリーズでした。しかし始まってみると佐藤名人が徐々に持ち時間9時間の名人戦との抜群の相性を取り戻し、特に第4~5局は内容でも羽生竜王を圧倒した2年前の名人戦を彷彿とさせる完璧な指し回しで防衛を一気に手繰り寄せました。過去に名人位を3期以上獲得した棋士は全員永世名人となっているというジンクスもあり、今回の勝利により超一流棋士としての評価を名実ともに確固たるものとされたのではないでしょうか。

一方の羽生竜王は5月半ば以降は一時5連敗を喫するなどまさかの失速となり、通算100期目のタイトルを逃しました。他棋戦でも大勝負が続いた過密日程が少なからず影響したと思われますが、豊島将之八段の挑戦を受けている棋聖戦も佳境を迎えつつあり、心休まる時間はあまりありません。これまでに幾度となく世代交代の波を跳ね返して来た羽生竜王ですが、一時はタイトルが棋聖の一冠のみとなった昨年に続き、今年もさらに厳しい戦いが待ち受けているかも知れません。

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