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野蛮、ターミネーター、エイリアン:個性豊かな羽生世代のトップ棋士達

time 2018/03/27

1996年の羽生善治七冠誕生から現在まで、将棋界の多くのタイトルは「羽生世代」の棋士によって独占されて来ました。谷川浩司九段や渡辺明棋王といった例外は存在するものの、羽生竜王という巨大な目標が同世代の棋士達の競争意識をあおり、結果的に世代全体の棋力向上へとつながったのだと思われます。


そんな羽生世代のトップ棋士達の特徴を、同じく若手時代からしのぎを削ってきた先崎学九段はこう語っています:

「僕らの世代の将棋のタイプを端的に言うと、佐藤は野蛮、羽生は柔軟、郷田は筋が良くて華麗、森内はターミネーター、丸山はエイリアンである」

(「将棋世界」1999年8月号)

オールラウンダーの羽生竜王は誰もが「柔軟」だと分かるでしょうが、他の表現も絶妙に的を得ています。各棋士の代表局を見ながら、先崎九段の名言を読み解いてみたいと思います。

「野蛮」な佐藤康光九段

1999年の名人戦(佐藤名人が4勝3敗で谷川九段に勝利)を総括する文章で、先崎九段は佐藤九段についてこう述べています:

佐藤康光は、当代随一のパワーヒッターである。緻密流というニックネームがついているがとんでもない。彼の将棋の一大特徴は、堅い所を突き破る、野性味溢れるパンチ力である。それも一発でのすのではなく、何度も繰り返される連打。これが決まった時の破壊力は、棋界でも断突のナンバーワンで、まともにくったら羽生岩も谷川岩も、粉々に砕け散るしかない。連打ということは、駒が常に前に出るということである。それも、決して筋が良い綺麗なパンチではなく、どすどすと鈍い音のする連打だ。

(「将棋世界」1999年8月号)

1998年の第56期名人戦第4局。後手の谷川名人の四間飛車に対し、佐藤八段は居飛車穴熊から中盤の競り合いの中でリードを奪いましたが、後手の攻め駒も急所に刺さっている怖い局面を迎えています。

しかし佐藤八段はここから▲4五桂(!)、△7七桂不成、▲同金、△6七歩成、▲4六角(!)と、一歩も引かずに勝負を決めに出ます。谷川九段も△5五金(!)という物凄い犠打を繰り出して応戦しますが、以下▲同歩、△7七と、▲5四歩(!)、△8八と、▲同銀、△5五銀、▲5六桂と、穴熊の金銀を3枚も取らせる驚愕の順に平然と飛び込んだ佐藤八段が1手勝ちを収めました。

現在ではダイレクト向かい飛車などの独創的な序盤戦術を多用する個性派へモデルチェンジした佐藤九段ですが、中終盤の「野蛮」なハードパンチは今も健在です。むしろ、腕力勝負に持ち込むために現在の序盤のスタイルを確立されたのかも知れません。

「華麗」な郷田真隆九段

郷田九段と言えば「本格派」の代名詞のような将棋で、筋が良く格調高い指し回しは同業者の中にもファンを公言する棋士が多くいるほどです。

2016年の第65期王将戦第4局。角換わりから先手の羽生名人が速攻を仕掛けましたが、郷田王将はギリギリでその切っ先をかわすと、ここから鮮やかに先手玉を寄せ切ります。

△7六桂、▲同金、△6七金、▲7七金引、△8六飛(!)、▲同歩、△8七歩、▲9七玉、△8五桂(!)、▲同歩、△7五角・・・

先手玉の急所を突いた流れるような寄せで、一気に勝利を手繰り寄せました。先手も角を入手出来れば後手玉に詰み筋が生じるのですが、どの変化も角を取った瞬間に詰まされてしまいます。

自身の将棋観からあまりにかけ離れた手を感想戦で指摘された際、「そんな手を指すくらいなら、死んだ方がマシだ」と言い放ったという逸話を持つ郷田九段。勝負の中でも常に本筋を追求する「華麗」なスタイルは、勝利至上主義の将棋界においてひと際美しい棋譜を残しています。

「ターミネーター」森内俊之九段

出典:朝日新聞

将棋界屈指の手厚さを誇る、「鉄板流」森内九段の受け将棋。あらゆる攻撃を跳ね返してしまう守備力は、シュワルツェネッガーのような鋼の肉体を連想させます。

2009年の第22期竜王戦挑戦者決定戦第1局、深浦康市九段との一戦。既に後手の森内九段が優勢な局面ですが、ここで△7三金打(!)と投入したのがいかにも「鉄板流」らしい勝ち方。後手玉に迫る手段がなく、先手玉は時間の問題で上部から押し潰されてしまう形です。そしてこの将棋の投了図がこちら:

縦に3枚並んだ後手の金は「ターミネーター」の大胸筋で、2枚の銀が隆々たる二の腕でしょうか。

「エイリアン」丸山忠久九段

羽生世代の中でも異彩を放つのが、「激辛流」丸山忠久九段です。管理人には「エイリアン」というより「軟体生物」のようなイメージの方が近いですが、他のトップ棋士が地力の強さで勝っているのに対し、丸山九段は相手の力を封じる技術によって相対的に相手を凌駕するスタイルなのです。「軟体生物」には打撃技が利かないため、刃物や飛び道具を一度封じられてしまうと丸山九段を相手に逆転勝ちを収めることはほぼ不可能です。

1999年の全日本プロトーナメント決勝五番勝負第1局。後手の森内八段の四間飛車に対し、丸山八段は得意の居飛車穴熊へ。それを見た後手が向かい飛車へ転換して速攻を仕掛けますが、丸山八段は巧みな指し回しでリードを奪います。

後手は桂得を果たしましたが、玉の堅さと駒の働きがあまりにも大差で、既に先手がかなり指しやすい局面です。色々な勝ち方がありそうですが、丸山八段はじっと▲同歩と取り、△3二金に▲7八金寄(!)。

後手に有効な手段がないと見切り、絶対にマイナスにならない確実な手を積み重ねています。かといって後手が本当に何もしないと、▲6五歩や▲2四香~▲2一香成などと、真綿で首を絞められてしまいます。

森内八段はやむなく△4四銀、▲6五飛、△4五桂となりふり構わず動きましたが、以下▲8六角、△2五飛に冷たく▲4六歩と打たれ、無念の投了となりました。

後手としては中盤で刀折れ矢尽きてしまった屈辱的な投了図で、相手に全く力を発揮させない丸山将棋の神髄とも言うべき勝ち方でした。また、「エイリアン」には相手に圧倒的な敗北感を植え付けるという次局以降に活きる強みもあり、実際にこの五番勝負は丸山八段が3連勝で圧勝しました。

個性豊かな羽生世代の将棋

羽生竜王という圧倒的な存在に対抗するために、それぞれ独自の進化を遂げた同世代のトップ棋士達。彼らの将棋には現代の若手棋士や将棋ソフトにはない、強烈な個性という魅力があります。

近年は若手の台頭に押され気味な羽生世代ですが、今後も大舞台で活躍する姿を見たいと願うファンは多いのではないでしょうか。

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