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名人戦開幕記念:過去の「名人戦第1局」で起きた名場面集

time 2018/04/11

佐藤天彦名人に羽生善治竜王が挑戦する、第76期名人戦七番勝負第1局が、「ホテル椿山荘東京」で本日開幕します。


出典:Abema TV

将棋界で最も長い歴史を誇り、棋界の頂点の象徴でもある名人位を巡る戦いでは、数々の名勝負が生まれて来ました。中でもシリーズの流れを大きく左右する第1局では、後世に語り継がれる逸話が多く誕生しています。

「名人戦第1局」にまつわるエピソードをご紹介します。

「封じ手事件」

1996年の第54期名人戦で、当時七冠王の羽生名人にタイトル初挑戦となった同世代のライバル、森内俊之八段が挑戦しました。

一日目の封じ手時刻が迫った午後5時29分過ぎ、記録係が差し掛けの図面を封じ手用紙に書き込み、立会人が封じ手を促した直後、後手の突然森内八段が口を開きました:

「え、指すつもりだったんですけど・・・」

対局室に動揺が走る中、森内八段は「朝、時計の時間を合わせてきたので」と断ってから△9四歩と着手しました。タイトル戦の常識からは考えられない封じ手時刻30秒前の指し手は、多くの人の目には陽動作戦に映りました。

「あの一手は、明日から個人的には口をきかないよ、という意思表示。少年時代からの友人関係と決別し、お前とは死ぬまで闘うぞという宣戦布告ですね」

米長邦雄九段は翌日の大盤解説でこう「通訳」し、名人戦の緊張感は一気に最高潮に達した。

(「NHK将棋講座」1996年6月号)

森内八段が後に語ったところによると、タイトル戦の初対局で不慣れな封じ手をやりたくなく、確実に封じ手を避けるために時間ギリギリで着手したそうです。ただし、戦術的な打算もあったようです:

「もちろん、あの後で羽生さんが長考してくれれば、それだけ持ち時間が減るからありがたいですよね。わずかながら羽生さんが攻めてくる可能性もあるところなんです。攻めてくるとしたら▲1五歩の一手。ええ、13分で封じ手にしたので▲1五歩だとわかりました。夜も▲1五歩だけを想定してその後の展開を考えてました」

(「NHK将棋講座」1996年6月号)

徹底して勝負にこだわった森内八段の作戦は功を制し、この将棋は激戦の末に森内八段が一時は勝勢になりましたが、羽生名人が▲9八角という執念の粘りをひねり出して最後は逆転勝ちしています。

「幻の不詰め」

羽生善治名人に谷川浩司竜王が挑戦した、1997年の第55期名人戦。相矢倉から壮絶な殴り合いに発展し、終盤に先手の谷川竜王が▲4一銀と迫りました:

後手玉は▲3二銀成、△同玉に▲4一角、▲2三桂成、▲4四桂など非常に危険な筋が多数あり、どう見ても詰めろです。ましてや指しているのが谷川竜王で、かなり前からこの局面を想定して攻め合いに踏み込んでいる以上、詰まないわけがありません。羽生名人も△6七飛成では詰まされると判断し、△6三飛と受けに回りました。

しかし、控室では中々詰みが発見出来ません。やがて詰まないのではないかという疑念が広がりますが、傑出した終盤力を持つ谷川竜王と羽生名人が「詰む」と主張している以上、中々結論を下せません。並み居る棋士達が何時間も詰みを探して悶絶しましたが、結局終局後の感想戦まで「詰まない」と断定することは出来ませんでした。

谷川竜王と羽生名人が揃って同じ錯覚をした非常に珍しい将棋でしたが、名人戦という最高峰の舞台の重さが観戦していたトップ棋士をも疑心暗鬼に陥らせたのです。

幻の不詰め:谷川vs羽生戦のハプニングと佐藤康光九段の災難

「剃髪事件」

1978年の第36期名人戦。前夜祭まで長髪だった森けい二八段は、第1局の朝には頭をスキンヘッドにして対局室に現れ、関係者の度肝を抜きました。これが中原誠名人の動揺を誘い、森八段が短手数で快勝を収めました。

中原16世名人は後に当時をこう振り返っています:

これに驚いて私が負けたと言われたのだが、確かに異様な雰囲気というべきか、妖気漂う不気味さがあった。

この頃、横溝正史の「犬神家の一族」が映画化され、たまたま私もみていた。その中に仮面の男が登場するが、森八段の頭の形がそっくりだったことも不気味さを助長させた。

(「週刊新潮」2009年5月21日号)

名人位に懸ける森八段の執念が実を結び、第3局までは挑戦者が1勝2敗とリードを奪いました。しかし森八段の髪が伸びると共に中原名人の動揺も和らいだのか、結局は中原名人が4勝2敗と逆転し防衛を果たしています。もし森八段が毎局剃髪を続けていたら、勝負の結果は違っていたかも知れません。

「谷川号」

森八段の剃髪事件ほどのインパクトはなくとも、トップ棋士同士が紙一重の差を争う名人戦では、ちょっとした盤外の出来事が勝敗に影響を及ぼすこともあります。1988年の第46期名人戦で、中原名人は谷川2冠の挑戦を受けましたが、その第1局は群馬県伊香保温泉で行われました。

話は前後するが、伊香保に最も近いJR駅は渋川。ここに直行する特急の名は、何と「谷川○号」。もちろん、沿線の谷川岳にちなんだ名だが、特急が「谷川」では、中原は「乗りにくかろう」と第三者の声。

高崎まで新幹線はあるが、乗り換えなくてはならない。ままよ、と上野発の新特急「谷川7号」の切符を用意した。

ところが、やはり・・・。対局数日前、将棋会館で会った中原から「私は別便で行きますから」の申し出があった。「”谷川”という列車ですからね」と冗談っぽく言うと、笑いながらも肯定するような表情である。のちに確認したところでは、中原は信越線の特急「あさま」で高崎まで行き、ここで普通列車に乗り換えて渋川に着いたという。「谷川」に乗らないあたり、中原のユーモア感覚もなかなかである。

(「将棋マガジン」1988年6月号)

「谷川号」を避けた中原名人の勝負勘はさすがで、その判断が功を奏して第1局は短手数で快勝しています。

幾多の名勝負の舞台となってきた名人戦の中でも、多くの逸話が残る「第1局」。今年はどんなドラマが待っているのでしょうか。

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