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トップ棋士の超絶パフォーマンス、伝説の「目隠し将棋」特集

time 2018/03/17

棋士の凄さを一般の方に最も分かりやすく体現するパフォーマンスと言えば、目隠し将棋(脳内将棋)でしょう。盤駒を使わず、お互いに指し手の符号を言い合うだけで平均100手以上かかる1局の将棋を指し切る能力は、アマチュアでは全国大会クラスの実力がなければまず不可能です。トップ棋士ともなると、その神業を10秒将棋という超早指しの条件下で行っても、通常の対局と見分けが付かないほどの棋譜を残すことが出来ます。


過去に行われた目隠し将棋にまつわる伝説的なエピソードをご紹介します。

両者ほろ酔いの中、奇跡的な逆王手で決着

2015年に行われた、棋士対将棋ソフトの団体戦、電王戦Final。その第1局でAperyとの対戦が組まれた斎藤慎太郎五段は、同じく第3局に出場する稲葉陽七段を参謀に迎え、ソフトとの事前練習を行っていました。そこに密着していた取材カメラが捉えたのが、打ち上げに訪れた居酒屋で急遽始まった目隠し将棋でした。

斎藤五段がいつになく饒舌なことからも、お酒の進み具合が見て取れます。この直後に皿を回収しに来た店員はまさかこれほどの熱戦が繰り広げられているとは想像だにしなかったでしょう。

最終盤、後手の斎藤五段が先手玉を詰ましに行きます。△8七飛成でついに仕留めたかと思われた瞬間、稲葉七段の狙い澄ました一着、▲8六桂が飛び出しました:

何が起きたかと言うと、桂以外の合駒だと△8四歩、▲7五玉、△7四歩以下先手玉が詰むのですが、▲8六桂により最後の△7四歩を▲同桂と取る手が逆王手になるため、後手が勝てないのです。

斎藤五段は▲8六桂を打たれた瞬間固まり、その後思わず崩れ落ちます。

「ちょっとそんな人がいたのか~~~うわ~~~ひどいな~~~」

稲葉七段も「目隠し将棋の名局」と自画自賛する、奇跡のような勝ち筋でした。

驚異の目隠し5面指し

1996年、佐藤康光七段は将棋マガジンの企画で、目隠しを五局同時に行う「目隠し5面指し」に挑戦しました。

和室の中央で目隠しをした佐藤七段を、扇形に囲むように六寸盤が5面配置された異様な対局風景の中、挑戦が始まりました。数十人のファンが固唾を飲んで見守る中、佐藤七段は一手当たり約30秒のペースで指し続けます。

対戦相手の中には、当時小学六年生で女流育成会員(当時の女流棋士の卵)だった、甲斐智美・現女流五段も混じっていましたが、開始から約1時間でその甲斐さんが最初に投了に追い込まれます。続いてアマ2級の小学生と、アマ初段の40代男性が敗退。アマ三段の会社員も敗れ、開始から1時間40分ほどで、最後に残った元大学将棋部レギュラーの男性が投了しました。

内容は5局とも佐藤七段の快勝。局後の打ち上げの席では「十面までは可能かも知れません」と語ったと言われています。この企画から20年以上経過した現在まで、目隠し5面指しは成功者はおろか、挑戦に名乗りを挙げるプロすら現れていないことが、この記録の偉大さを物語っています。

森内八段、痛恨の3面指し失敗

出典:朝日新聞

佐藤七段の目隠し5面指しという快挙達成の前月には、実は佐藤七段と森内俊之八段は揃って目隠し3面指しに挑戦していました。佐藤七段は見事に成功し、5面指しへの挑戦権を獲得したのですが、森内八段は思わぬ落とし穴にはまってしまいます。

アマ3級の中学生と、アマ四段の大学生に圧勝した森内八段。残ったのは当時アマ初段の中学生3年生だった、伊奈めぐみさん。後の渡辺明棋王の奥様で、「将棋の渡辺くん」の作者です。

将棋は森内八段が勝勢となり、先手の伊奈さんが▲3八銀打と合い駒をした局面。

先手から次に後手玉に詰めろを掛ける手段がないため、△6六角でも△4八香でも後手の勝ちは揺るぎません。万全を期すのであれば△5一金打と竜を捕獲して受け潰すことも出来ます。

しかし、森内八段の声は「△4七香」。

40人の観客が息を飲みます。△4八香の言い間違いかと思われましたが、ほどなくもう一度「△4七香」。

十秒ほど沈黙があり、記録係が申し訳なさそうに「指せません」。

「えっ」と叫んだ森内八段。すぐに「あ、そうか」と錯覚に気づき、天を仰ぎます。偶然にも他の2局も振り飛車で、そちらはいずれも▲4六歩型だったことが混乱を招いたようです。しかし、そこは一切言い訳することなく「反則は仕方ない。これは僕の負けです」と投了しました。

しかし、局後の打ち上げでは余程悔しかったらしく、森内八段のボヤキが続きました:

三面指しの対局が終わったあと、両プロ(佐藤七段、森内八段)と一緒に新宿に出た。食事、ビールに続いて宮田利男七段も加わって麻雀。チー、ポン、ジャラジャラとやりながら、森内八段がなにかつぶやいている。

「悔しい。アツいですよ。角を出ておけばよかったんだ。どうして香を打ったのかなあ」

天下のA級八段が、アマ初段の女の子との対局を、あの反則負けを本気になって悔やんでいるのである。

「バカだなあ。金を5一に打ってもよかったんだ」

対局が終わって四時間か五時間経っても、まだこうである。まことに恐るべき執念というべきだろう。勝負師の負けず嫌いは当たり前だが、ここまでこだわりを持つ人は他にいないと思う。

(「将棋マガジン」1996年2月号)

新進気鋭のA級八段をもってしても達成できない目隠し3面指しの難易度と、対局場で言い訳を口にしない棋士の潔さと、雑誌の企画の勝敗を本気で悔しがる森内八段の負けず嫌いさがヒシヒシと伝わるエピソードですね。

棋士も尻込みする目隠し将棋

目隠し将棋は、将棋のルールを知らない方や初心者が見てもその凄さが分かりやすく、棋士の常人離れした能力を披露するには最も効果的なパフォーマンスだと思われます。しかし、残念ながら最近の将棋イベントで行われることはあまりなく、挑戦をためらう棋士が多いようです。昨今の将棋ブームでイベントや将棋番組への需要が増加している今こそ、20代の若手棋士には、反則負けを恐れずに積極的に目隠し将棋を披露して頂きたいものです。

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