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「点のあるない論争」、羽生竜王を巻き込んだ大激論

time 2018/03/09

将棋界の有名なエピソードの一つに、「点のある・ない論争」というものがあります。中村修九段と郷田真実が独身時代の羽生善治竜王をも巻き込んだ、トップ棋士達の若き日の激論の様子をご紹介します。


目撃者となった先崎学六段のエッセーによると:

その年の夏、我々は函館で避暑を楽しんでいた。といえば格好良いが、ナニ、昼はパチンコ、競馬、ひるね、夜は酒である。

たしか湾岸戦争が勃発した年だった。何故覚えているかというと、イラク軍がクウェートに進行した夜、臨時ニュースがじゃんじゃん、流れるなか、テレビには目もくれずに競馬新聞とニラメッコする郷田の姿が印象に残るからである。

将棋盤が頭の中から消えて一週間も過ぎた頃、事件は起きた。

舞台は海の幸をたらふく食べた後に入ったスナック。女の子に囲碁と将棋の違いを説明している時のことだった。酔った(多分)中村さんがいった。

「囲碁の盤の上にはところどころ目印がついているんだ。将棋盤の上にはそれがない」

なかなかに気がつかない、中村さんらしい説である。たしかに碁盤には九つ、漆が盛り上がった点がある。そこを星という。これは間違いない。だが将棋盤になかったかなあ。

先崎、郷田はしばらく沈黙した。なにせ一週間以上将棋盤を見ていない。将棋のことなど一瞬も考えていない。自信がもてない。

やがて、おずおずと郷田が切り出した。

「そうでしたっけ、中村さん。将棋盤にも星みたいな飾りが付いていたんじゃあなかったっすか」

中村さんが「あのねえ」といった。「付いてないって」。先輩である。その話はいったん終わった。

しばらくくだらない話をした後、郷田がぶつぶつ呟きだした。「やっぱり付いているっすよ中村さん。そう付いている。四つついている」

「はあー、付いていないって、そんな点なんかあるわけない」

ある、ない、ある、ない。我々はもめた。両者とも一歩も譲らない。

酔っ払いがくだらないことでアツくなるのは世の常である。それに、二人とも頑固なんだ、これが。

「ある、ある、ある。あるといったらある。大丈夫ですか中村さん」

「ない、ないに決まっている。だいたい郷田も何年将棋をやっているんだ、ないものはない」

「中村さんこそ本当にタイトルを取った男ですか、ある、あ、り、ま、す」

「いや、絶対にない」

この絶対という一言が郷田の闘志に火を付けた。郷田軍の進撃がはじまる。

「中村さん、今、絶対といいましたね。ぜえったい、ですね」

「ああ絶対だ」

「絶対ってことは100%ないってことですね、じゃあ僕が百円ここに出します。百円と百万円で賭けましょう」

「あのなあ、お前、そういう極論……」

「極論は中村さんじゃないすか。万が一つも間違いないなら、百円貰い得でしょう」

「……」

「ほら中村さん、百円、あげますよ」

僕は正直いってあるともないとも確信が持てなかった。

横で女の子が呆れだした。

「二人とも、本当に将棋指しなの」

このままでは埒があかないので、誰かに電話して聞いてみようということになった。

当時飛ぶ鳥を落とす勢いの羽生の家にジーコンジーコン。

「ねえねえ先崎だけど」

「なんですか、こんな夜中に」

「いや、実は(中略)で、あるかないか分かる、できれば見てくれない」

羽生も呆れたのだろう。「悪いけどもう寝てるんで、そんなのいちいち見る気しないよ、けど、あるんじゃない」

席に戻って二人に、羽生がたしかあるんじゃないかといっていたと伝えた。その時の中村さんの台詞はカッコ良かった。

「羽生時代もこれで終わった」

その後の羽生の活躍はご存知の通り。あるかないかは皆さんの盤で確かめて頂きたい。そう、市販されている九割の盤の上には、ひっそりと、存在を恥ずかしがるかのように……。

(「将棋世界」1998年6月号)

郷田九段と言えば、感想戦で自分の将棋観に反した手を指摘された際に「そんな手を指すくらいなら死んだ方がマシだ」と言い放つなど、将棋に対するストイックな姿勢で知られる棋士です。若き日のお酒が入った席では、その切れ味はさらに増していたようです。

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