2018/10/16
本日放送されたNHK杯で、大橋貴洸四段が三浦弘行九段に勝利しました。昨年度はデビュー一年目にして8割近い勝率を挙げた大橋四段が、意表のノーマル四間飛車でA級棋士をねじ伏せた一局を検証します。
「勝ちに行きます」
対局前のインタビューで意気込みを聞かれ、一言「勝ちに行きます」と言い切った大橋四段は、4手目に△4四歩と角道を止めると、公式戦では殆ど指していない意表のノーマル四間飛車を採用しました。そしてセオリー通りに居飛車穴熊へ潜った三浦九段に対し、見たことがない駒組みから先攻します。
ここから△8五桂、▲8六銀、△7三銀、▲5八飛に、△4六歩、▲同歩、△6五歩、▲6八飛、△6六歩、▲同金、△9七桂成と後手が突撃して戦いが始まりました。居飛車対振り飛車の長い歴史の中で築かれた、「居飛車穴熊有利」という定説に挑戦する非常に意欲的な指し方です。穴熊と比べると後手玉が非常に戦場に近いため、厳密には無理攻めだとは思いますが、相手の意表を突く戦型選択から積極的に攻める姿勢を取ることが「勝ちに行く」ために有効だという実戦的な判断なのでしょう。
積極策が実る
△8五桂と跳ねた局面から実に30手近く、大橋四段が攻め続ける展開が続いていますが、三浦九段の的確な受けにより先手が優位に立ちつつあります。しかしここで▲5五香と角道を遮断した手が疑問手で、以下△5七金、▲8八飛、△6六歩、▲6八歩、△5六金と進み、▲5四香には△6七歩成があるため後手の攻めが加速してしまいました。
▲5五香に代えて後手の歩切れを突いて▲4五香と打てば、先手がリードを保っていたようです。△同銀は▲同歩で先手の角に活が入ってしまうため、△1二飛と逃げるくらいですが、この交換は香車一本で相手の飛車の働きを大幅に弱めながら後手玉の将来の右辺への脱出路を塞いだ先手が大得です。具体的には、以下▲5五桂、△5七金、▲4三香成と後手の角を攻める順が同時に後手玉へのプレッシャーにもなっており、先手の攻め合い勝ちが見込めそうです。
とはいえ、早指しの中で30手以上正しい受けを指し続けることは実戦的には困難で、トップ棋士を相手にこれだけのプレッシャーを与え続けた大橋四段の指し回しが見事だったと言うべきでしょう。そしてこの後も大橋四段の攻めは冴え渡り、一気に先手玉を上部から攻略します。
攻め合いに突入した最終盤で、△7五桂と打ったのが勝ちを読み切った一手でした。以下▲5三香成、△9七香、▲8九玉に△5三金と香を補充した手が△9九飛以下の詰めろ逃れの詰めろになっています。受けが利かない三浦九段は▲7三金から殺到しましたが、後手玉は僅かに詰まず、大橋四段が勝利を収めました。
「居飛車党本格派」だけではない将棋
現在のプロ棋界は居飛車全盛の時代で、特に(振り飛車を低く評価する)将棋ソフトの影響を強く受けている若手棋士の殆どが居飛車党です。大橋四段もその一人で、昨年度46勝12敗という抜群の成績を残した将棋の殆どは、序盤から終盤までスキがない居飛車党本格派、という印象が強い内容でした。
しかし本局では早指しという条件を最大限に活かした非常に実戦的な指し回しが光り、大橋四段の印象を一変させました。序盤で多少の損をしても中終盤の怪力で勝ち切ってしまう姿は、現代の他の若手棋士よりは羽生世代の棋士の若手時代に近いように感じます。本局のような戦い方を可能にする腕力こそが大橋将棋の根幹なのでしょう。
昨年度は藤井聡太六段の大活躍の陰に隠れてしまいましたが、本局の勝ち方を見れば大橋四段も並みの若手棋士ではないことは明らかでしょう。大橋四段は公式戦で藤井六段に2勝(通算2勝2敗)している唯一の棋士でもあり、プロ入り同期のこの二人の再戦には注目が集まりそうです。また、直近では4月27日には王将戦予選で谷川浩司九段、NHK杯の2回戦では豊島将之八段など、強敵との対戦も続々と決まっており、大橋四段の今後の将棋から目が離せません。