2018/10/16
第43期棋王戦第5局は、渡辺明棋王が永瀬拓矢七段を109手で下し、6連覇を達成しました。
永瀬七段の秘策
振り駒で渡辺棋王の先手となった最終局は、永瀬七段が角道を保留する工夫の序盤戦術を見せます。
対して渡辺棋王が持久戦模様の駒組を進めたことで、結果的に先手の右玉対後手の矢倉という展開となりました。
試合巧者、渡辺棋王
永瀬七段の新工夫の戦術的な意図や成否は、この1局だけでは推し量れません。しかし勝負という観点から見ると、初見の戦法に対して序盤から無理に咎めに行かず、無難に駒組を進めて十分と判断した渡辺棋王の試合運びは見事でした。この局面の時点で既に永瀬七段の方が多く時間を消費しており、感想戦では事前研究から外れた展開になったと述べています。
また実際の形勢も、この後先手に左辺を攻められて金銀の偏りを咎められる展開となり、後手としては既に作戦負け模様のようです。
先手に左辺を敗れられる直前に後手がしゃにむに玉頭を攻めていますが、ここであっさり▲6三歩成としたのが局面を分かりやすくする好判断でした。以下△4六銀、▲同銀、△8四角、▲6六歩、△1六歩、▲6五桂と進み、盤面の中央を制圧した渡辺棋王が不敗の体勢を築きました。先手玉は左辺への逃走経路があまりにも広く、バランスを重視する現代将棋らしい勝ち方でした。
勝負を分けたメンタル
午前9時の対局開始前に、本局は改めて振り駒が行われました。今シリーズはここまで4局全てで先手番が勝っている他、今年度の渡辺棋王は他棋戦でも後手番で大きく負け越しており、通常の対局以上に先後が勝敗に影響を及ぼしそうな一戦でした。
結果は歩が3枚で渡辺棋王の先手に。渡辺棋王は振り駒が始まる前から一貫して無表情でしたが、永瀬七段は後手番が決まった瞬間に思わず下を向いていました。
棋王戦の行方を左右する振り駒:各タイトル戦の先手番勝率の傾向
結果論ではありますが、この時点で勝敗は少なからず決していたのかも知れません。タイトル戦の最終局ではこれまで6勝2敗という勝負強さを誇ってきた渡辺棋王が、やはり「持っている」と外野が感じるのは仕方ないとしても、永瀬七段の表情までもがそのことを認めてしまっていたからです。勝負師としては対局開始前に自らの不利(もしくは不運)を認めることによるマイナスの大きさは、精神論の域に留まらないでしょう。
先手番を得たことは渡辺棋王にとって幸運ではありましたが、技術的にはトップ棋士同士の勝敗に振り駒が及ぼす影響は、長期的に見れば数%の勝率差でしかないはずです。ここ一番の大勝負が始まる直前の時点では、その数%を意識するよりも平常心を保つメンタルの方が重要ではないでしょうか。
また、こちらはさらに勝敗に関係なさそうな要素ですが、今日の永瀬七段はバナナを4本しか注文しませんでした。その真意は分かりませんが、第3、4局でそれぞれ8本近く完食してきたバナナを大一番で減らすのは、気迫に欠けていたように思えてなりません。食べ物を残すことを良しとしない現代社会の風潮なのかも知れませんが、例え対局中に全て完食する予定がなくても、8本以上頼んでとことん勝負に拘って欲しかった気がします。少なくとも、加藤一二三九段ならば必ずそうしたはずです。
渡辺棋王、復活なるか
自身初の年度負け越しに加え、竜王失冠にまさかのA級陥落と、試練の連続だった今年の渡辺棋王。しかし過去の超一流棋士には、30代に一時的な不調に陥った後に復活を遂げた例も数多く見られます。絶好調の挑戦者に対し、ここ一番での勝負強さを見せつけた本局の勝利を、復調のきっかけにすることが出来るでしょうか。
コメント
[…] 渡辺棋王が快勝で棋王死守、勝負を分けた大勝負のメンタル […]
by 棋王戦舞台裏:佐々木六段の永瀬七段への熱い想い | 将棋を100倍楽しむ! 3月 31, 2018 5:20 pm