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叡王戦舞台裏:超大作観戦記と、内容が求められる戦い

time 2018/04/23

第3期叡王戦七番勝負第1局は高見泰地六段が金井恒太六段を破りタイトル獲得へ向けて幸先の良いスタートを切りました。


その観戦記が、20日から全7回に渡ってニコニコ動画で公開されています。

「りゅうおうのおしごと!」の作者である白鳥士郎さんによる初めての観戦記は、将棋界に精通した作者によるきめ細かい描写や取材力が随所に表れた、約3万字もの超大作です。観戦記で語られた第1局にまつわる様々なエピソードを紹介すると共に、そこから浮かび上がる今期の叡王戦が持つ意味合いについて考えます。

豊島八段と金井六段

第1局のニコ生解説を務めた豊島将之八段は金井六段と四段昇段が同期ですが、所属が東西で分かれており、年齢も4歳離れているため、それほど接点がある印象はありませんでした。しかし、実際にはアマチュア時代に金井六段が関西の将棋大会へ遠征していた際に良く顔を合わせており、面識があったようです。

テーブルでの話題は、小学生時代の金井のこと。スーツの上着を脱いだ豊島が、リラックスした様子で語る。
「小学生の頃から、すごく礼儀正しかったです。ぼく、母から『金井くんみたいになりなさい』って言われてました」

(叡王戦第1局観戦記「save your dream」第2譜)

また、作者が金井六段が華原朋美さんのファンであることや、趣味のスポーツ観戦の際のクセなどを取材している時も、居合わせた豊島八段と金井六段の仲の良さが伺えました。

私たちの話を、豊島がずっとニコニコしながら聞いている。
いや、もうニコニコというよりもニヤニヤになっている。明らかに表情で金井をイジっていた。
「豊島さんが……この利かしが厳しいんですよ」
金井も嬉しそうに、将棋用語を交えながら豊島とじゃれ合う。
ちなみに『利かし』とは、相手の駒をいつでも取れる状態にしていることをいう。豊島が敢えて何も言わずにニヤニヤしていることを、将棋にたとえて表現したのだ。
知らなかった。この二人が、こんなにも仲がいいなんて。

(叡王戦第1局観戦記「save your dream」第1譜)

高見六段と佐々木四段

第1局では後手番の高見六段が前例の非常に少ない作戦を選択しました。その事前研究の一端が、当日対局場の名古屋へ駆けつけた佐々木大地四段によって語られていました。

「この将棋……このまえ髙見さんと練習将棋で指しましたよ。その時は、先手が▲3六歩と突いて激しくなる形だったんです。だから本局のように▲3六飛と引いた形については話していませんが……」

有力な情報に記者室は色めき立つ。果たして髙見はこの先を研究しているのか? そして金井は? その精度の差が勝敗をわける可能性は、十分にある。

私は佐々木に、髙見について尋ねた。

「髙見さんには三段時代からお世話になっています」
お互い横浜に住んでいるため、昔から一緒に練習将棋を指しているのだという。
「最近の髙見さんは強い。半年前に盤を挟んだ時と比べても、明らかに棋力が上がっているのがわかります」
「どういった要因で強くなっていると思われますか?」
「やはり、大学を卒業して時間が取れるようになったのが大きいのでは」
「佐々木先生からご覧になって、髙見先生はどんな印象ですか?」
「髙見さんからは、三段リーグを抜けたときと、フリークラスを抜けたときに、ネクタイとネクタイピンをいただいました。誰に対しても本当に優しくて……」
「同世代のリーダーという感じでしょうか?」
「リーダーという感じはしませんね。引っ張って行く、というよりも……」
「困っている人がいたら、思わず声をかけてしまうような?」
「そう。そんな感じです」

きっと佐々木は、これまで何度も髙見に救われたことがあるのだろう。
だから今日、名古屋に来たのだろう。少しでも髙見の支えになりたくて。
しかし対局者は隔離されている。髙見は対局が終わるまで、佐々木が来たことを知らされない。
それは佐々木もわかっている。
それでも佐々木は来たのだ。髙見泰地という若者がどんな人物なのか、私は少し理解できたような気がした。

(叡王戦第1局観戦記「save your dream」第3譜)

「どちらも応援しません!」

前夜祭では、豊島八段が外見の印象からは想像もつかないようなユーモアあふれる毒舌を飛ばして爆笑をさらう場面がありました。

誰もが金井と髙見を好人物と評し、「明日はいい将棋を見せて欲しい」という当たり障りのない結論でステージを締めようとしたその時。
マイクを握った豊島が、突然こう叫んだのだ。

「ぼくは……どっちも応援しません!」

会場は爆笑に包まれた。
豊島の口調は明らかにおどけた感じだったし、受けを狙った発言のはずだ。会場の反応を受けて『してやったり』の笑顔を浮かべている。

しかし私は笑うことができなかった。

1ヵ月半前、豊島はあと一歩に迫っていた名人挑戦を逃している。
そして史上初の6者プレーオフ。挑戦まであと一勝と迫っていた豊島は一転、5連勝せねばならない状況へと転落。

(中略)

戦っても、戦っても、どれだけ強敵を倒してもまるで豊島だけが報われないルールのゲームをしているかのようだった。
長くつらい戦いの果てに、豊島は名人挑戦も王将奪取も逃した。『せめてどちらか一方に集中できていれば……』という思いは、誰もが抱いただろう。

(叡王戦第1局観戦記「save your dream」第2譜)

明らかに冗談と分かるトーンに包んではいながらも、豊島八段は翌日の放送でも叡王戦本戦で高見六段に敗れたことへの悔しさをにじませていました。

そして、金井六段と高見六段のどちらかは必ず初タイトルを獲得する、という現実には、多くの棋士が同じような悔しさを抱いていると思われます。

内容が求められる戦い

今日までに全7回のうち4話までが公開された第1局の観戦記は、このように中継では伝わり切らない舞台裏のエピソードが豊富に盛り込まれた傑作です。しかし一方で、半分以上を終えた時点で将棋の内容に直接言及する記述は非常に限定的です。盤外の模様が鮮やかに描かれれば描かれるほど、第1局の内容が結果的には一方的になってしまったという事実が思い起こされます。

また、この超大作ともいうべき観戦記以外にも、第1局ではニコニコ生放送での解説が初となる人気棋士の豊島八段が起用されたり、放送中に杉本昌隆七段と藤井聡太六段が電話で登場するなど、話題性抜群のキャスティングがなされました。さらに、第2局では久々の登場となる渡辺明棋王、第3局では初の聞き手となる里見香奈女流五冠の起用が決まっています。

34年ぶりのタイトル戦昇格後初となる七番勝負で、力の入った番組制作がなされることは非常に喜ばしいことです。しかし個人的には、周囲の装飾が豪華になればなるほど、過去の実績や第1局の内容を見る限り、金井vs高見戦という対戦カードが現時点では残念ながら華に欠けるという印象が強まってしまっているように感じられます。同時期に名人戦で佐藤天彦名人vs羽生善治竜王という頂上決戦が行われていることも少なからず影響しているでしょう。

近年の将棋界は「タイトル予備軍」とでも呼ぶべき、若手強豪と羽生世代の実力者の層が非常に厚く、多くの棋士が後一歩のところで栄冠を逃した経験を味わっています。過去20年ほどの長期的な視点で見ても、羽生世代以外の棋士でタイトル保持の常連となったのは渡辺棋王と久保利明王将のみで、何度もタイトル戦に挑戦しながらも惜敗したり、ようやくタイトルを手にしても翌年に失冠してしまった例が圧倒的多数を占めます。

直近の例を見ても、昨年初タイトルを獲得した菅井竜也王位や中村太地王座も獲得後は勝率を落としています。佐藤名人も名人獲得以降は他のタイトル戦に絡めていない以上、今期の名人戦で仮にタイトルを失うと、同業者による評価は「タイトル予備軍」へ格下げされてしまうでしょう。

金井六段と高見六段はそのような棋士を何人も倒して堂々と七番勝負へ登場したのですが、一昨年までは全くタイトル争いに絡んでいなかった両者の躍進に対し、内心では忸怩たる思いを抱いている棋士は多いでしょう。そして、そのような空気感は両対局者が誰よりも感じているはずです。

初タイトルが懸かる両者にとっては結果が何よりも重要だとは思いますが、今回の七番勝負の勝者が名実ともに「タイトル保持者」としての確固たる評価を得るためには、第2局以降は(豪華な観戦記やキャスティングが話題にされなくなるほどの)将棋の内容も求められることになりそうです。

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