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「羽生ゾーン」と「藤井ゾーン」:天才による中盤戦の技術革新

time 2018/03/14

中盤戦における羽生竜王の特徴的な指し方の一つに、「羽生ゾーン」と呼ばれる金や銀の使い方があります。敵玉と反対側を攻めるという、常識では考えづらいこの指し方が例外的に妙手となる局面を、羽生竜王は的確に認識出来るようです。


「羽生ゾーン」ほど実戦例は多くありませんが、藤井聡太六段にも「藤井ゾーン」とでも呼ぶべき、従来の棋士の感覚では違和感を覚える特徴的な中盤の指し手があります。それは将棋ソフトの感覚と非常に近いもので、藤井将棋の先進性を象徴する指し回しだと言えます。

出典:アニメ「テニスの王子様」

某人気テニス漫画の必殺技の名前ような「羽生ゾーン」と「藤井ゾーン」の代表例をご紹介し、そこから浮かび上がる両者の将棋観について考察します。

「羽生ゾーン」とは

「羽生ゾーン」とは、敵陣の玉と反対側の2三もしくは8三(後手なら8七もしくは2七)の地点に、持ち駒の金や銀を打って相手の攻め駒にプレッシャーを掛ける手法です。

図1

2003年の王座戦最終局、渡辺明五段戦。△2七銀と打たれ、先手は味のいい飛車の逃げ場所がありません。また、先手の玉頭に大きな拠点があるこの局面では香の価値が高く、2七銀は最悪でも将来的に1八香を取れそうなため、完全な遊び駒になってしまうリスクが低いことも見逃せません。

図2

2006年のA級順位戦、藤井猛九段戦。先手が完封負け寸前の非常に苦しい局面ですが、▲2三金がとにかく攻めをつなげようという強い意志を感じさせる一着。結果的にこの手が藤井九段の動揺を誘い、先手が大逆転勝ちを収めました。

図3

2013年のA級順位戦、渡辺明竜王戦。先手がやや苦戦の情勢ですが、▲8三金(△同飛なら▲6二桂成)が混戦に持ち込む妙手でした。飛車に弱い後手玉の脅威となる大駒の入手を図りながら先手玉の上部を開拓することに成功し、この後も難解なねじり合いの末先手が勝利を収めました。

「羽生ゾーン」の思想

将棋が玉を詰ますゲームである以上、敵玉から離れた2三や8三の地点に金や銀を打つ手は、将来敵玉の攻略に役立たない遊び駒となる可能性が高い手です。棋士は直感的に妙手になる可能性が低い手を切り捨てることで効率的に読みを深める習性があるため、「羽生ゾーン」は見落とされやすい手だと言えます。

羽生竜王の場合、「羽生ゾーン」が例外的に妙手となるケースを見分ける感覚が普通の棋士より優れているのだと思われます。具体的には、以下のような条件が「羽生ゾーン」をより効果的にすると言えます:

  • 相手の攻めが細い(「羽生ゾーン」により相手の攻撃力を大きく削げる可能性が高い):図1
  • 自玉が堅い(遅くても確実な攻めが間に合う):図2
  • 敵玉の攻略に有効な駒を取れそう(持ち駒の金銀の価値が他の駒と比べ相対的に低い):図1、図3
  • 自玉が上部へ脱出する展開になりそう(「羽生ゾーン」の駒が将来守備駒になりそう):図3

後付けでこのような理屈を見出すことは簡単ですが、当然ながら実戦で感覚的にこのような要素を総合して「羽生ゾーン」を繰り出すべき局面を見分けることは容易ではありません。「羽生ゾーン」の登場は、敵玉とは反対側を攻める曲線的な指し回しが時として有効だということを示し、局面を判断する際により多くの要素を考慮する重要性を他の棋士に認知させたと言えます。

「藤井ゾーン」とは

藤井六段の将棋の特徴的な差し回しの一つに、自玉付近の三段目に歩を打って守りを固める指し方が挙げられます。

図4

2017年の「炎の七番勝負」第5局、深浦康市九段戦。後手の藤井四段はここで△3三歩と打ちました。先手からの▲3三歩という攻め筋を消したことで後手玉が一気に引き締まりました。

図5

「炎の七番勝負」第7局、羽生善治3冠戦。ここでも▲7七歩と打ったことで△7七歩を消し、同時に7三飛の利きも消すことで守備力を高めています。次に▲4五歩からの攻めに専念できる形となり、藤井四段の歴史的な勝利へとつながりました。

「藤井ゾーン」の思想

「藤井ゾーン」とでも呼ぶべきこの▲7七歩について、羽生竜王は後にこう語っています:

「確かにいい手なんだけど、技術的には技が少ない。藤井くんの一つのクセを見ているような気がしました。▲7七歩は短期的に見れば玉を堅くしている。だけど、長期的に見ると駒が伸びない。だから、私なら指さない」

(「天才棋士降臨・藤井聡太 炎の七番勝負と連勝記録の衝撃」)

▲7七歩(後手なら△3三歩)は自玉を固めるというメリットがある一方、持ち歩を減らしてしまうことと、将来同じ筋の他の位置に歩を使えなくなる、という二つのデメリットがあります。従来の棋士の感覚では、これらのデメリットの方が大きいと思われていましたが、高勝率を収める藤井四段が「藤井ゾーン」を使用していることで、以下のような条件下(図4、5)ではメリットの方が大きい可能性が高いと認識され始めています:

  • 持ち駒の歩の数が多い(持ち歩を使ってしまうデメリットが小さい)
  • 7筋(後手なら3筋)であること(△7七歩と相手から叩かれる傷を消すメリットが大きい)
  • 相手が上部から攻めてきそうな局面である(上部に対する守備力を高めるメリットが大きい)

また、「藤井ゾーン」は将棋ソフトが好む指し手にも非常に似ています。例えば、2015年の電王戦Final第3局、稲葉陽七段対やねうら王戦では、後手のやねうら王は戦いが始まる直前で△8三歩と打っています:

図6

このように、すぐには受ける必要がない局面で自玉の3段目に歩を打つことは、電王戦以前の棋士にはあまり見られない指し手でした。例えば、1990年代まで流行していたひねり飛車という戦型では、相掛かりの出だしから先手は飛車先の歩を切ってから飛車を7筋へ転換し、玉を3八銀+4九金の美濃囲いへ移動する展開が多く見られましたが、戦いが起こる前に先手から▲2七歩と打つことは殆どありませんでした。

電王戦の観戦記でも△8三歩を「ソフトらしく自陣を固めて戦機を待つ」(船江恒平五段)と評しているように、本格的な戦いの前に自陣の3段目に歩を打つ手は将棋ソフト的な発想です。将棋ソフトを積極的に活用している藤井六段の将棋に「藤井ゾーン」が登場することも、必然と言えるかも知れません。

例外だからこそ、他の棋士と一線を画する「ゾーン」

「羽生ゾーン」と「藤井ゾーン」は、どちらも頻繁に出現するような手ではありません。両者の全対局の中では、せいぜい数十局から100局に1局程度の出現率だと思われます。しかし、超一流棋士でも通算成績は約7割(羽生竜王)という、プロ同士の実力が紙一重な将棋の世界では、常識的な筋の良い手はプロなら誰でも発見できてしまいます。「羽生ゾーン」や「藤井ゾーン」のような手が例外に妙手となる局面を見極められるかどうかで、長期的な勝率に差が生まれるのでしょう。

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